喜多院は天台宗の寺院で、山号は星野山、本尊は阿弥陀如来。伝承によれば天長7年(830)に慈覚大師円仁が創建したとされる。江戸時代初期には天海僧正が住職を務め、徳川家との結びつきが深い寺院として知られる。

寛永15年(1638)の川越大火で建物の多くを焼失した後、徳川家光の命により江戸城の紅葉山御殿の一部が移築され、客殿・書院として現存する。客殿の上段の間は「徳川家光誕生の間」、書院の一室は「春日局化粧の間」と呼ばれている。山門は寛永9年(1632)に天海が建立した喜多院最古の建築で、国の重要文化財に指定されている。境内には天明2年(1782)から文政8年(1825)にかけて造立された五百羅漢があり、538体の石像が並ぶ。慈恵堂には元三大師(良源)を祀り、これが「川越大師」の名の由来となっている。